カリバ・カロラインの国籍やwiki経歴!高校駅伝の記録も調査【2024クイーンズ駅伝】

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こんにちは、ラクエンです。

2024クイーンズ駅伝でJP日本郵政グループのカリバ・カロライン選手が社会人駅伝に初出場します。

カリバ・カロライン選手は昨年まで神村学園の陸上部で主将を務めていて、2023年の全国高校駅伝ではチームを優勝に導く重要な役割を果たしました。

そんなカリバ・カロライン選手がクイーンズ駅伝でどのような活躍をするのかを、高校駅伝での記録やエピソードから見ていきたいと思います。

さらに国籍やwiki経歴も気になるので調査していきます。

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2024クイーンズ駅伝期待の新人

宮城県で開催される今回のクイーンズ駅伝では24の女子駅伝チームが日本一をかけて争います。

優勝候補はやはりエースの新谷仁美選手や山本有真選手を擁し、昨年日本一に輝いている積水化学ですが、その他の上位チームも実力はひっ迫している状況です。

中でも注目されるのが、カリバ・カロライン選手が新加入したJP日本郵政グループだと思います。

カリバ・カロライン選手は高校時代は陸上部の主将を務めていて、高校駅伝でもカロライン選手の活躍がチームを優勝に導く活躍を見せました。

今回のクイーンズ駅伝はカリバ・カロライン選手にとって社会人初の駅伝となります。

カリバ・カロライン選手がどのような活躍を見せてくれるのかとても気になりますね。

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カリバ・カロラインの高校駅伝の記録

高校駅伝でカリバ・カロライン選手の名前が一躍有名になったのは、2023年12月24日、彼女が高校3年生の時に京都で行われた全国高校駅伝です。

当時陸上部の主将だったカリバ・カロライン選手が快走を見せ、神村学園が5年ぶり2度目の優勝を果たした大会でした。

アンカーでカリバ・カロライン選手が3位でタスキをもらった時、トップの仙台育英との差は1分20秒と大きく引き離されていましたが、それを大逆転して仙台育英にわずか1秒差で競り勝ちました。

その他にもカリバ・カロライン選手は高校1年生の時からインターハイに出場していて、3000mでは8分40秒86という高校の国内国際最高記録も持っています。

そんな桁外れの走りを見せるカリバ・カロライン選手を擁する日本郵政グループの活躍には期待ですね。

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カリバ・カロラインの国籍

カリバ・カロライン選手はケニア出身ですが、高校時代は神村学園に入学することが決まっていました。

カリバ・カロライン選手は入学前にケニアにいた時から神村学園のユニフォームを着て練習していたほど、日本に来ることを心待ちにしていたそうです。

ですが、ちょうど2020年といえば新型コロナウィルスの感染が広がっていた時期で、カリバ・カロライン選手の日本への入国が遅れ入学できたのは7か月遅れの11月になってからだったそうです。

しかも、7か月間は高校の単位をとれていませんから、留年も経験しています。

日本に来たばかりの頃は当然日本語もわかりませんし様々な苦労もあったのだと思います。

その心のよりどころになったのが2つ上の先輩、バイレ・シンシア選手だったそうです。

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 バイレ・シンシアとのエピソード

バイレ・シンシア選手とカリバ・カロライン選手は共にケニア出身で、シンシア選手はコロナで7か月出遅れたカロライン選手の教育係として心のよりどころになっていたそうです。

たとえば、一緒に練習をすることはもちろん、日本語のわからないカリバ・カロライン選手の通訳をしたり、食事の面倒をみたりもしていたそうです。

シンシア選手のお陰で日本語を覚えたカリバ・カロライン選手はチームメイトに溶け込めるようになり、それをきっかけに記録が出せるようになっていきます。

全国高校総体では1500mと3000mで2年連続の2冠を達成するほどの成長を遂げました。

シンシア選手は神村学園の在籍を1年延長してまでカリバ・カロライン選手を支えたあと、日立のチームに入りますが、昨年の4月には悪性腫瘍により帰らぬ人となってしまいます。

そんな悲しい事実も受け止めて、カリバ・カロライン選手は全国高校駅伝で奇跡の大逆転を成し遂げています。

カリバ・カロライン選手や日本人選手の躍進の陰にはシンシア選手の献身的な支えがあったんですね。

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カリバ・カロラインのwikiプロフィール

カリバ・カロライン選手は2020年に神村学園に留学し、陸上競技を本格的に始めました。

日本に来た時の陸上競技の成績は神村学園の中でも勝てない選手がいましたが、シンシア選手の献身的なサポートで実力が飛躍的にあがり、1500mと3000mでは全国高校総体の2冠を達成しています。

名前:カリバ・カロライン・ワンジュク
生まれ年:2004年
出身地:ケニア・ニャフルル
学歴: 神村学園高等学校(鹿児島県)
スポーツ: 陸上競技(長距離走)

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カリバ・カロラインの経歴

カリバ・カロライン選手はアマチュアランナーだった母親の影響を受けて12歳の頃から陸上を始めました。

そして、若い頃からケニア国内の中長距離競技大会に出場して好成績を残すことで神村学園の有川監督からのスカウトで日本に留学することになります。

カリバ・カロライン選手が日本への留学を決めた要因の一つにはケニアであこがれの先輩だったカマウ選手が神村学園に在籍していたこともあります。

高校時代

神村学園では、日本の生活や言葉がわからなかったり、新型コロナでの入国の遅れにより単位がとれず留年になったりと大変なスタートとなります。

これを支えてくれたのが同じケニア出身のシンシア選手をはじめとする先輩たちや監督でした。

少しずつチームに溶け込んでいくことでカリバ・カロライン選手の記録は伸びていき超高校生級の記録を出せるまでに成長しています。

周りの仲間たちの支えがあったからこそ今のカリバ・カロライン選手がいるということがよくわかるエピソードだと思います。

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カリバ・カロラインのまとめ

2024年のクイーンズ駅伝に日本郵政駅伝チームの期待の新人カリバ・カロライン選手が出場します。

カリバ・カロライン選手は2023年の高校駅伝のアンカーで3位でタスキを受けましたが、先頭を走る仙台育英との1分20秒の差を覆して1秒の僅差で優勝に輝きました。

カリバ・カロライン選手の国籍はケニアで神村学園に留学しましたが、言葉や文化のわからず苦労をしました。

慣れない日本での生活を支えてくれたのが2年先輩で同じケニア出身のシンシア選手でした。

カリバ・カロライン選手の経歴はアマチュアランナーだった母親の影響で、12歳の頃から陸上を始めたところから始まります。

ケニアで好成績を残すようになり神村学園にスカウトされ実力を伸ばし好記録を出せる選手に成長しました。

カリバ・カロライン選手のwikiプロフィールは、2004年生まれで名前がカリバ・カロライン・ワンジュクといい、出身はケニアのニャフルルです。

それでは、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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